リンコ's diary

田舎の地域医療を志す薬剤師

最近読んだ本;「もしも一年後、この世にいないとしたら。」

 

  

著者の清水先生は、がん専門の精神科医・心療内科医である「精神腫瘍医」(「精神腫瘍医は「がん」という病気が人にどのようなことをもたらすのかをきちんと理解しており、その経験をもとにがん患者およびそのご家族にきめ細かなケアを行います。」本文より)として、がんに罹患された方とそのご家族の診療を担当されており、今までに3,500人以上のお話を伺われているようです。
 
恥ずかしながら、「精神腫瘍医」の存在を本書を読んで初めて知りました。たしかにがんは肉体的な問題も大きいですが、それ以上に精神的な苦しみが強いことも多いようです。若い世代が罹患することもあるため、特にそのような世代では精神的な苦しみが多いのではないでしょうか。
本書では何人かの患者さんの実例が描かれていますが、様々な葛藤と戦いながら事実を受け入れ、向き合っていく様子が印象的でした。私は医療者として病院で勤務しておりますが、ここで登場するような診断されて間もないがん患者さんとの関わったことはほとんどなく、それぞれの事例で学ぶことが多かったです。
 
本書を通じて、精神腫瘍医である清水先生が丁寧に、誠実に患者さんと関わってらっしゃることが伝わってきましたし、先生のような存在は患者さんにとってとても心強いのではないかと感じました。
 
1年後に自分がこの世にいないこと、余命幾ばくもない病気の告知をされることを想像することはなかなか難しいですが、今以上に1日1日を大切に、感謝しながら生活していこうと思いました。
 
今回は、特に印象に残った場面を8つピックアップしたので紹介します。
 
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現在、医療の進歩により人は長生きするようになり、「人生100年時代」や「アンチエイジング」という言葉がよく聞かれるようになりました。人が長生きするようになったこと自体はもちろん喜ばしいことなのですが、一方で弊害もあるような気がします。誤解を恐れずに言えば、それは、人々が日々を粗末にしてしまうということです。多くの人にとって、「死」はいつか自分に訪れるということは頭ではわかっていても、実感はしていないのかもしれません。 
なぜなら人は、「自分の悩みを誰かが理解してくれた」と思えたときに、苦しみが少し癒えるからです。また、私との対話の中で、だんだんもやもやとしたものが言葉になっていき、今まで自分でも気が付いていなかった部分も含めて、自分の悩みが整理されて理解できるという効果もあります。さらに、その場で強い悲しみを表現される方もいますが、悲しみという感情は苦しみを癒してくれるので、次に進むために大切な役割を果たします。
加茂さんはある日、「今現在同じ病気の治療を受けている人がいると思うんです。その人たちにとって、自分が少なくともひとつの具体例になるし、自分が生きていることが大きな希望になる。だから、死ぬわけにはいかないんです」と語ってくれました。過去の自分と同じ苦しみを今まさに体験しているであろう人たちのことを思いやるとともに、まだ見ぬその人たちの役に立つことが、彼女が生きるための原動力のひとつになっているようでした。

人は苦難と向き合う力「レジリエンス」を備えている

強い「must」の自分がいる人たちは、「must」の声に従って頑張ることができなくなる中年期などに、危機を迎えることもあります。あるいは、がんになるなどの大きな障壁に期せずしてぶつかると、行き詰まってしまうことがあります。なぜなら、喪失と向き合うために大切なのは、しっかり悲しみ、しっかり落ち込むことであるのにもかかわらず、「must」の自分は心のままに悲しみ、落ち込むことを許してくれないからです。
しかし、この行き詰まりは、必ずしも負の側面だけをもたらすわけではありません。3人の方がそうであったように、行き詰まることは今までとは別の道を探す動機付けとなり、「must」の自分の支配を緩め、「want」の自分が自由になるきっかけになるからです。 
「人生には期限があり、いつ自分も病気になるかわからない」という考え方は、等身大の人間への認識です。この言葉に最初は暗い影を感じるかもしれませんが、向き合ううちにこの言葉の光の部分が見えてきます。「死を見つめることは、どう生きるかを見つめることだと気づきました」というのは多くの患者さんがおっしゃる言葉ですが、有限を意識することは、「大切な今を無駄にしないで生きよう」という心構えにつながり、人生を豊かにします。しかし現代は、無意識のうちに不老不死を求め、そのような必要な覚悟をすることを避けて生きている人のほうが多いような気がしてなりません。 
「自分もいろんな人生の中で登場人物になっているんだろうな。チョイ役かもしれないし、時には重要な役割だったかもしれない。人間だから人を傷つけてしまったこともあっただろう。そういう具合に、自分もいろんな人の気持ちの中で生きていて、僕のことを覚えてくれている人が、また誰かの心の中に生きる。大切な人たちの想いを僕が受けて、次の人にそれを手渡している。そう考えると、自分はちゃんと命をつなぐ役割を果たしたような気がするんだ」と。

もし一年後に自分が病床に伏していると仮定したら、一年後の自分が今の自分を振り返る際に、今の自分をうらやみ、あれもしておけばよかった、これもしておけばよかったと後悔するかもしれません。私の場合はあえてそう考えるようにします。「今日一日をこの様にすごせることは当たり前ではない」ということを意識することは、「今、ここにある自分」を大切に生きることにつながるでしょう。